第246回 野口雨情と「シャボン玉」
第246回 野口雨情と「シャボン玉」
先日、私は野口雨情についての神渡良平氏の文章を読みました。雨情は北原白秋、西条八十と共に、「童謡界の三大詩人」と並び称される程の人です。皆様の中にも「赤いくつ」(異国の地にもらわれて行った女の子のことを謳った歌)や「七つの子」(カラスの愛を謳った歌)をお聞きになった方も多いことでしょう。
雨情は、東京専門学校(現在の早稲田大学)にいたころから詩を書いていましたが、さっぱり芽が出ませんでした。詩人になることをあきらめて、他の仕事に就いてもうまくいかず、失意のどん底にいました。そんなとき、雨情は「みどり」という女の子を授かりました。彼はその子を目に入れても痛くない程かわいがりました。しかし、みどりは生後わずか7日後に天に召されてしまいました。
雨情は再び酒に浸る毎日を送るようになりましたが、ある日、雨情の夢の中に、亡くなった娘さんが現れたそうです。彼女は目にいっぱい涙を浮かべていました。その涙に雨情は心を動かされ、気付きました。「お前はわずか一週間しか生きられず、人生に挑戦することすら許されなかった。それに比べ、今の俺はどうだ。こんな五体満足な体をいただいていながら…」こんな気持ちになり、そこから立ち直り、その後、多くの童謡を書いたそうです。
その中に、「シャボン玉」という詩があります。皆様もその歌をお聞きになったことがおありのことでしょう。その歌の二番にこんな詩が出てきます。
シャボン玉 消えた
飛ばずに 消えた
生まれて すぐに
こわれて 消えた
風 風 吹くな
シャボン玉 飛ばそ
この詩には、雨情のみどりちゃんに対する「人生を再び強く生き抜いていくぞ」という決意が秘められているようです。
最近の子どもたちは、このような情緒たっぷりの童謡などを聴く機会があるのでしょうか。神渡氏の文章を読んで、私も小さい頃のことや、いろいろな童謡を思い出しました。良いものはいつまでたっても人の心を揺さぶりますね。