古墳時代に思いを馳せる
先日,日本講演新聞で竹田恒泰氏の講演ダイジェスト文を読みました。氏は作家ですが,明治天皇の玄孫(やしゃご)にあたる方で,日本の歴史や皇室などを研究されています。その文の中で興味深いことが書かれていました。それは,次のようなことです。
弥生時代末期の日本には,百余りの国々が存在していました。それは中国の歴史書にも書かれています。その時代には当然小さな国々の間で数多くの戦争があり,その痕跡も見つかっています。ところがその後の古墳時代には戦乱の痕跡がほとんど見つからないそうです。これはヤマト王権が,武力ではなく,遠く離れた地域との強い結びつきによって日本を束ねていたからではないかとのことです。
そのための資源が「鉄」です。当時鉄鉱石は日本列島では発見されておらず,その資源の多くは朝鮮半島からの輸入に頼っていました。ヤマト王権はその貿易の玄関口である北部九州を抑えていました。それによって,鉄を独占していたようです。
しかし,ヤマト王権はそれを武器ではなく,農具の生産に利用しました。それを使って農業の生産力を向上させ,国土を豊かにしていきました。そして,農具やその利用法を,周りの国にも提供することで,日本各地の小国をまとめていたようです。その結びつきを示す象徴が前方後円墳のようです。ヤマト連合に加わった各地の首長たちは,その絆の証として前方後円墳の築造を認められたようです。
今世界各地では戦いが相次いでいます。それは地球上の貴重な資源を浪費し,地球環境を汚し続けています。そんな現状を見聞きすると,今の時代より古墳時代の人々の考え方の方が数段進んでいたのではないかと思われてなりません。
