知られざる歴史こぼれ話

皆さんは,ベートーヴェンの交響曲第9番「歓喜の歌」が日本で初めて全曲演奏された場所をご存知ですか。それは1918年(大正7年)の鳴門市の出来事です。その場所は何と,板東俘虜(ふりょ)収容所で,それは捕虜となっているドイツ兵たちによって歌われました。
第一次世界大戦では多くのドイツ兵が中国大陸で捕虜となり,日本に連れてこられました。そのうち板東に移送されたのはおよそ千人。捕虜たちはこれから始まる過酷な待遇に恐れおののいていました。待ち受けていた所長は松江豊壽氏です。松江氏は「祖国の為に勇敢に戦った君たちを歓迎する」と言い,彼らを人間として優しく対応しました。
ふつう「収容所」と聞くと,アウシュビッツやシベリアの過酷な場所を思い浮かべます。しかし,板東の収容所は違いました。収容された捕虜のうち,職業軍人は約10%にも満たず,ほとんどの人は様々な職業に就いていた国民兵でした。
松江氏は所内の捕虜たちに専門技術を活かした仕事に従事させ,賃金まで支払いました。その結果パンや菓子,ビールやソーセージなども作られました。またその町に住む日本人は捕虜たちを「ドイツさん」と親しみを込めて呼び,多くの技術を学ぶために収容所に出入りしました。そうした日々の結晶として,約80人の捕虜によるベートーヴェンの「第九」の演奏会が開かれたのです。
この収容所は1917年から1920年までの約3年間運営されました。そして,今でも鳴門市では捕虜たちが歓びと共に平和への願いを込めて歌った第九の演奏会が開かれています。世界各地では今この時も戦争が続き,捕虜となる人も多くおられることでしょう。そして,それらの人々への待遇はどうでしょうか。この話は「世界平和とは何か」を深く私たちに問いかけていると感じられました。