第517回 これからの教育の方向性

最近,出張などで電車に乗ると,ほとんどと言っていい程の若い人達がスマホを注視している光景を目にします。また,道を歩いている人,横断歩道を渡っている若者の中にもスマホを見続けている人が目につきます。私はこのような光景を見るたびに「この人達は自分の命を守ることより,スマホを見る方が大切なのだろうか。こんな状況がもっと進んだら,日本の将来は大丈夫なのだろうか」と考えてしまいます。

さて,小学校6年生を対象にした全国学力テストの国語と算数の成績について分析した,文科省の興味深いデータがあります。それは,そのテストの上位25%と下位25%について家庭状況のアンケートで比較した資料です。それによると,「家に本がたくさんある」という問いでは,国語の成績上位群が下位群を24.6ポイント上回り,「子どもが小さい頃,絵本の読み聞かせをしていた」という問いでは,同じように17.9ポイント,「博物館,美術館によく連れて行った」という問いでは15.9ポイント上回っていたということです。この結果は,本を読む環境や博物館,美術館に連れて行く体験が,子どもの国語力向上に影響を与える可能性が高いということを示しています。

世の中の多くの親がこのような大切さを理解していても,経済的な理由や仕事の理由,時間のゆとりのなさなどの理由で,実現出来ない家庭もかなりあるのではないでしょうか。このことは,「子どもがどんな家庭で育ったかによって,少なからず学力にも影響を与える」ということを示しています。この格差のことを「体験格差」と言い,この格差は親の経済力や関心の度合いなど,家庭環境によって生じます。
社会におけるこの格差の影響をなるべく小さくするために行われるのが,行政による教育や文化政策です。今や世の中全体では,このような文化政策は縮小され,スマホなどの手軽な機器の利用がますます蔓延していくように感じられます。

もし私が今でも塾経営を続けていたとしたら,かつて行っていたような野外合宿や,科学館,博物館見学などの行事を,時代の流れに逆らってさらに強化していきたいものだと思っています。なお,この文章は日本講演会新聞に掲載された平田オリザ氏(芸術文化観光専門職大学学長)の講演ダイジェスト文を参考にしています。