第508回 『徒然草』から学ぶ
皆様は卜部(吉田)兼好が書いたとされる『徒然草』について,中学・高校などの時期に学んだことがおありと思います。『徒然草』は清少納言の『枕草子』,鴨長明の『方丈記』とならび,日本三大随筆と言われている作品です。
徒然草は今から700年前,鎌倉時代末期の動乱の世の中で,兼好が40~50歳の頃に書かれたとされる随筆です。兼好は徒然草の中で「世の中は無常であり,何かに執着するような人生ではいけない。人間はいつか死ぬのだから,様々なしがらみを捨て,今この瞬間を大切にし,本当に自分が生きたいような人生を生きなければならない」というようなことを訴えているとされます。
私がこの文章に接してから50年経った今でも,印象に残っているのは「木登り」の話です。そのあらすじは次の通りです。「木に登っている人に向かって『脚を滑らせて落ちないように注意しなさい』と声を掛けるのは,高い所を登っている場面ではない。無事に登り終わって,もうすぐ地面に着きそうになった時にこそ,その声を掛けるのだ」
先日私は急に降り始めた土砂降りの雨の中,車でようやくガレージの近くまで辿り着きました。「やれやれ,もうすぐガレージだ。それにしてもひどい雨だな」と思い,気を抜いた瞬間,ガレージのすぐ手前に飛び出ていた電信柱に車の左サイドをガリガリっと擦りつけてしまいました。そのキズを直すには結構な金額がかかりそうで,大いに落ち込みました。
その時フッと心に浮かんだのが,徒然草の前述の一節です。
「アーア,やっちゃった。世の中は無常だな。車はいつか壊れるものだし,怪我がないだけマシだった」
そんな風に思い直して,ずぶ濡れになりながら,ガレージを出て家に向かいました。
700年経った今でも,兼好の言葉は生きているのですね。