第507回 まいまいつぶろ
皆様は,江戸幕府第八代将軍で享保の改革を行い,幕府中興の祖と言われた徳川吉宗の名をよくご存知のことと思います。では,その次の九代将軍家重はどんな人物で,どんなことをされたか知っておられますでしょうか。
家重は生まれつき口が回らず,誰にも「何を言っているか捉えることができない」存在でした。その上,頻尿の持病があったためか,所々でいわゆる「おもらし」をしてしまい,家重が歩く床には濡れた跡が残っていて,家臣のひんしゅくをかっていたそうです。そのため家重は密かに「まいまいつぶろ」と呼ばれ,バカにされていました。ちなみに「まいまい」とはカタツムリのことです。家重のその様子は,カタツムリが動いた跡の粘液の印のようだということで「まいまいつぶろ」と呼ばれたのです。
さてここで,驚くべきことが起こります。何と普通の人には聴き取れない家重の言葉を理解できる大岡兵庫という若者が現れたのです。その後兵庫は家重の小姓となり,ぴったりと家重に寄り添います。
しかしここから二人の苦難が始まります。特に周りから兵庫に向けられる目は厳しさを増します。彼の言葉は本当に家重の言った通りなのかは誰にもわからないからです。もし兵庫に邪心があれば,一介の小姓が幕府全体を動かすことも可能になるからです。
さてこの話は,村木嵐著『まいまいつぶろ』〈幻冬舎文庫〉からのものです。私はこの本を通じて,江戸幕府の将軍の中に家重のような人がいたこと,そして家重や兵庫の生き抜いていく大変さを強く感じ取りました。