第410回 「すみません」という言葉
あるとき,あなたが乗っているバスにおばあさんが乗ってきたとします。そのおばあさんに対して,誰かが席を譲ってあげたとして,そのときおばあさんは何という言葉を発するでしょうか。「ありがとうございます」と言う人もおられるでしょうが,「すみませんねぇ」と謝りの言葉を使う人も多いと思います。このような場面では多分,英米人なら100%の人が “I’m sorry.” とは言わず “Thank you.” と言うことでしょう。
なぜ日本人はこのようなとき,謝りの意味合いを持つ言葉を使うのか,私はずっと不思議に思っていました。すると先日,言語学者の(故)金田一春彦氏の文がふと目に留まり,それを読んで「なるほど!」と思いました。
日本人は「お礼」を言うよりも「謝ること」を良しとする文化があるようです。ではそのときなぜ謝るのか。それは,「私が乗ってこなければ,あなたはずっとそこに座っていられたのに,私が乗ってきたばかりにあなたは立つ羽目になってしまった。ごめんなさい」という心理からだそうです。
これと似た話として,次のような例があるとのことです。
あなたが友人の家に招かれたとして,そのときうっかり手を滑らせてコップを落として割ってしまったとします。このときあなたは何と言いますか。
きっと「コップを割ってしまいました。ごめんなさい」と謝ることでしょう。
一方,英米人は何と言うのでしょうか。それは「コップが割れたよ」という言葉を発するそうです。英米人にとって「私がコップを割った」という表現は「コップを壁とかにぶつけて故意に割った」という場面のときに使うのだそうです。だからこの場合は「自分がコップを割ったわけではない。コップの方で勝手に自分の手から滑り落ちて割れたんだ」という論理になるそうです。
日本人にしてみると「何とまぁ,自分中心で身勝手な言い方だ」と感じられるかもしれません。日本人における前述のような心の持ち方は,とても奥ゆかしさがあり,素晴らしいものだと感じますが,国際的な舞台においては少し損をする場面も多いかもしれません。