第374回 解き明かされた「脳」の仕組み
私は「物を書く」という仕事がメインのため,脳の働きがどうなっているのかについて,強い関心をもっています。というのも,脳を上手に使うと30分で書ける原稿が,その働きが悪いと1時間かかっても書けないというような事態を時々体験するからです。このような不思議な働きをする脳の中身は,いったいどうなっているのでしょうか。私は最近このような問題について書かれた,興味深い本を読みました。
その著者は,ハーバード大学で生命科学の博士となった,ジル・ボルト・テイラー氏です。氏はハーバード大学での成功の階段を上り,絶頂期にいた37歳のときに左目の奥の痛みで目を覚ましました。それを引き起こした原因は,脳の血管が次々に切れたことでした。その結果,氏の左の脳の機能がほとんど壊れてしまったのです。そのため氏は歩くことも,話すことも,読むことも,書くこともできなくなりました。いわば大人の女性の体をした幼児になってしまったのです。氏は病床にありながらも,自分自身の脳の働きを詳しく観察するとともに,左脳の機能の回復に必死に取り組みました。その傷ついた回路をすべて再構築し,取り戻すのには8年という歳月が必要でした。
その体験から得られた研究成果が書かれた本が『WHOLE BRAIN(ホール・ブレイン)心が軽くなる「脳」の動かし方』〈NHK出版〉です。この本は350ページもあり,読みごたえ十分でしたが,じっくりと読んでいくと,多くの収穫がありました。
従来からの説では「脳は右脳と左脳に分かれ,右脳は感情,左脳は思考を司る」などとされています。この本では,その説は覆され,「左脳にも右脳にも『考える脳』と『感じる脳』があり,合計4つのパート(キャラ)がそれぞれ絡み合いながら働いている」と書かれています。
詳しくは本書に譲りますが,私は氏の述べている考え方に納得でき,それによっていろいろな疑問が一気に解消しました。例えば,皆さんは子どもの頃にこんな経験をした覚えはありませんか。
・何回も川で石投げをし,いつまでたってもやめようとしない。
これは右脳にある「感じる脳(キャラ3)」の仕業のようです。子どもの頃にはまだ左脳にある「考える脳(キャラ1)」が発達していないため,キャラ3が強く出るようです。
これとは逆に大人になってくると,左脳にある「考える脳(キャラ1)」が強くなってきます。このキャラ1は「張り切り屋さんで,早起き,ルーティンが大好きで,一日の予定を一つ一つクリアーすることで喜びを噛み締める」そんな特性をもった脳細胞の集団です。日常の生活の中で,私もどちらかというとこのキャラ1が強く出るタイプです。しかし,このキャラばかりが強く出すぎると「取り付く島もない,コチコチの専制君主的な人物」になってしまいます。
脳が健康な状態にあるときは,これら4つのキャラが脳内で相談し合いながら,バランスのとれた考えや行動を選択します。一方,脳が不安定な状態のときには,どれかのキャラがアンバランスに脳を支配してしまい,取り返しのつかない行動をとってしまったりします。このようなメカニズムを知ると,「脳全体(ホール・ブレイン)」を生かした生き方が,豊かで平和な人生を送る秘訣であると理解できます。