第350回 「生類憐みの令」を考える
「生類憐みの令」と聞くと,天下の悪法のように言われ,世間知らずの暴君が作っためちゃめちゃな法律のように思われます。この法律は,犬や猫などを保護するために,それらを虐待した人間は「磔」などの重い罪に問われるという,非常に厳しいものです。
しかし,その精神をよく見ると,実は動物だけではなく,子供,老人,病人などの保護も同時にうたわれていました。これは,社会的に弱者とされる人を排除しない,現代でいうダイバーシティーとインクルージョン(多様性と包摂)に近い,非常に進んだ考え方とも捉えられます。
現在,流行語のように使われているSDGsでも,平等で貧困のない社会の実現をゴールの一つとしています。将軍綱吉が着目した動物の殺処分にしても,現代の社会問題に通じるとも言え,綱吉はそこにいち早く目を向けたと考えることもできます。
もし,そんな「生類憐みの令」を現代風にまとめ直すと,幕府からのプレスリリースは次のようになるかもしれません。
江戸幕府は,儒教の精神に則り,野良犬の保護,犬や馬などの虐待の禁止などを盛り込んだ一連のルール「生類憐みの令」を発表します。
・危険な野良犬問題の解消のため,江戸では野犬を積極的に保護し,殺処分は行わず,公営の犬小屋で飼育します。(中略)
・捨て子,病人,高齢者についても,保護しなければなりません。(中略)
・江戸は世界屈指の人口をもちながら,水道システム,排泄物のリサイクルシステムなど,世界に例を見ないエコロジーの進んだ都市です。「生類憐みの令」により,動物愛護に加え,子供の権利,社会的弱者の権利にも配慮した理想都市を目指し,さらに前進していきます。
いかがでしょうか。歴史上の出来事や変化は,一面的に捉えられてしまうこともよくあります。この「生類憐みの令」にしても天下の悪法といえるかもしれませんが,330年も前にサスティナブル社会を目指した号令と考えられるかもしれません。
なお,この文章を書くにあたっては,『もし幕末に広報がいたら』鈴木正義著〈日経BP〉をもとにしました。この本では,「日本の歴史上の出来事を報道発表するとしたら」という視点で書かれています。これを読むと,歴史の重大事件から現代のビジネス社会にも通じるヒントを得ることができると感じました。