第28回 豆腐の魅力②

以下は井泉水の名文です。
「豆腐ほど好く出来た漢(おとこ)はあるまい。彼は一見、仏頂面をしているけれども、決してカンカン頭の木念人ではなく、軟かさの点では申し分がない。しかも、身を崩さぬだけのしまりは持っている。煮ても焼いても食えぬ奴と云う言葉とは反対に、煮てもよろしく、焼いてもよろしく、汁にしても、あんをかけても、又は沸きたぎる油で揚げても、寒天の空に凍らしても、それぞれの味を出すのだから面白い。」

「又、豆腐ほど相手を嫌わぬ者はない。チリの鍋に入っては鯛と同座して恥じない。スキの鍋に入っては鶏と相交って相和する。ノッペイ汁としては大根や芋と好き友人であり、更におでんに於ては蒟蒻や竹輪と協調を保つ。されば正月の重詰の中にも顔を出すし、仏事のお皿にも一役を承らずには居ない。彼は実に融通がきく、自然に凡てに順応する。」

「蓋し、彼が偏執的なる小我を持たずして、いわば無我の境地に到り得て居るからである。金剛経に『応無所住而生其心』とある。これが自分の境地だと腰を据えておさまる心がなくして、与えられたる所に従って生き、しかあるがままの時に即して振舞う。此の自然にして自由なるものの姿、これが豆腐なのである。」