第421回 象たちの知恵

ある年のこと,ケニアで干ばつが続き,二千頭余りの象が今住んでいる場所からはるか40キロくらい離れた地域に移動せざるを得ないという時期がありました。その地域には,まだ少し水や森が残っていたからです。象は普段は家族単位で生活していますが,干ばつなどの非常事態の時には,群れを作って移動します。そのような時にリーダーとなるのは,年寄りの象です。高齢の象は,数多くの自然の変化の中を生き抜いてきたため,たくさんの知恵を持っています。そのためその他の象たちは,その高齢の象を慕って集まるのです。この事態を見守っていた自然保護の団体の意見の多くは「これだけの象がその森にやってきたら,やがてその森は食い尽くされ,消滅してしまうだろう」というものでした。

やがて象たちが森にやってきて,植物の草や根,木の葉,果実を食べ始めました。

さて,しばらくして驚くべきことが起こりました。森に入った数日後,何とリーダーの象は突然食べるのを止め,森を出ていったのです。すると,他の象たちもその後に続いたのです。当然の結果ですが,森から出た象たちは,しばらくたってから年老いた象,赤ちゃん象たちの順で死に果てていきました。そして,その一帯には象の死骸の山ができました。かろうじて若い象だけは生き残りました。

干ばつは2年ほど続きましたが,その後,その地域には大雨が降りました。すると大量の象の死骸があった場所から,たくさんの木の芽が一斉に芽吹き,新しい森ができたのです。

なぜこんなことが起きたのでしょうか。それは,死んだ象のお腹の中に,森で食べたたくさんの植物の種が入っていたからです。象はそれを抱えて,別の場所へと移動し,敢えてそこで死を迎えたのです。

私は,この話を日本講演新聞の中の(故)龍村仁氏(映画監督)の文章から知りました。人間はややもすると,目先のことだけに囚われたり,自分のことしか考えないことも多くあります。人間はもっとこのような象たちの知恵を学ぶべきかもしれません。