第415回 ウサギとカメの話

今回のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍ジャパンは無敗で世界一になりました。そして,多くの人に感動を与えました。その理由は何でしょうか。

そのヒントの1つに「ウサギとカメ」の話があります。よく知られているように,その話の内容は次の通りです。

山の頂上に向かってウサギとカメが競争します。ウサギが途中で油断して居眠りをしたことで,カメが先にゴールして,この競争は「カメの勝ち」となります。

この話から学ぶべきことはいろいろありますが,ポイントは「ウサギはカメを見ていた」が,「カメはゴールだけを見ていた」ということのようです。

それをWBCの戦いの中で見てみましょう。侍ジャパンの中国戦では,中盤まで苦しい局面が続きました。その心理的背景には「日本の野球の方が実力が上なんだから,決して負けられない」という気持ちが働いていたようです。つまり侍ジャパンは中国を意識し過ぎていた(見ていた)のです。その事実に気づかされたのが,チェコ戦だったようです。チェコの選手はほとんどが弁護士や不動産屋さんなどが本業のアマチュアです。そのようなアマチュアの選手たちが,日本のプロ野球選手でもなかなか打ち勝つことのできない佐々木投手に,全力でぶつかっていきました。その結果彼らはジワジワと佐々木投手の球を打ち返し始めました。チェコの選手たちは侍ジャパンという大きな壁を意識せず,「野球をするのが楽しい」「侍ジャパンと試合できて幸せだ」という気持ちでプレイしたようです。
ウサギとカメの競争では,ウサギはカメの様子を見ながら走りました。しかし,カメはゴールだけを見て,自分にできることを精一杯やり抜きました。だからカメにとっては相手がウサギだろうが,ライオンだろうが関係なかったのですね。侍ジャパンはこれら中国戦やチェコ戦を通じて,相手を見るのではなく,「全員が徹底して全力を尽くして戦う」ことに集中していったようです。

自分自身を振り返ってみても,テニスの試合で相手のペアを見て,戦う前から「この相手には勝てそうもない」とか,「この相手には勝たないと恥だ」などという気持ちを持っていました。すると,その気持ちを持っているだけであっさり負けたり,勝てるはずの試合を落としたりしました。このようなことから,つくづく「ウサギとカメの話の大切さ」を感じます。

なお,以上の文章は2023年WBC侍ジャパンヘッドコーチの白井一幸氏の講演をもとにしています。