第330回 人はどんな時に笑うのか?

皆様は「人はどんな時に笑うのか?」ということについて考えたことはおありですか。
この本質を追求して,それを理解し,応用できるようになれば,皆様は人を簡単に笑わせることができるようになります。
そしてそれを自由自在に使いこなせば,たちどころに人気者になれることでしょう。

それを極めた一人がチャールズ・チャップリン(1889~1977)です。

チャップリンは人を笑わせる本質を掴んでいるため,私たちを今から90年も前に作られた「街の灯」「モダン・タイムス」「独裁者」などの映画を通じて,大いに笑わせることができます。
その笑わせ方は,よくテレビなどで見かけるお笑い芸人の一部がする「人を叩いたり,バカにしたりするようなやり方」とは質が違います。

例えば「独裁者」では,大いに人を笑わせるとともに,笑いの中に思考があり,その思考が笑いを奥深くさせます。
では,今の人々をも笑わせることができるチャップリンという「笑いの芸術家」は,どのような「体験」と「勉強」を経て生まれたのでしょうか。
チャップリンは幼少時代,食うや食わずの極貧の生活の中で育ちました。

そんな苦しい環境の中でも,チャップリンは読書だけは欠かさなかったそうです。
そしてその中から,笑いの本質についても掴んでいったのです。
何とそのヒントは,ドイツの哲学者であるショーペンハウアーの著書から得たようです。
ショーペンハウアーは「笑いというものは,ある『概念』とそれから類推される『現実との不一致』から生まれる」と定義しました。
チャップリンはそれを知り,「自分が追求していることを言葉にすれば,その通りだ!」と納得したようです。

例を挙げて説明しましょう。
「チャップリンの消防夫」という映画では,消防車のタンクの栓をひねると,コーヒーが出てくるという場面があります。
このシーンでほとんどの人は笑います。
それは「火を消すため」というのが消防車の「概念」であるにもかかわらず,それが「コーヒーメーカー」という「現実」となって現れるからです。
人々はその「不一致」に対して笑うというわけです。

この「笑わせ方の基本」を知れば,色々な場面で人を笑わせることができます。
道を歩いていて,バナナの皮をわざと踏んでステンと転べば,それは「道を何気なくスタスタ歩く」という普通の『概念』が,「ステンと転ぶ」という『現実との不一致』を作り出すわけです。
それを見て,周りの人は笑うことでしょう。
少し理屈っぽい話になってしまい恐縮ですが,このように「何事も『その本質』を追求する」ことは,私にとっては楽しい時間となっています。