第252回 ハサミムシの一生

私が庭で植物の世話をしているとき、ちょっとした石を動かしたときなど、ハサミムシを見かけることがあります。ご承知のように、ハサミムシには尾の先に大きなハサミがあり、それで他の虫を捕まえたり、威嚇したりします。ハサミムシはゴキブリと同じく、「生きた化石」と呼ばれるほど原始的な昆虫です。

そんなハサミムシですが、一般の虫には見られない特徴があります。それは、昆虫の仲間としては珍しく「子育てをする」ということです。普通の昆虫や動物では、母親が産んだ卵は産みっぱなしで、子は勝手にかえり、勝手に育ちます。一方、はさみ虫は産んだ卵を母親が守るのです。ハサミムシは、冬の終わりから春の初めに卵を産みます。母親は飲まず食わずで卵にカビが生えないよう、順番に1つ1つ丁寧になめたりします。また、空気に当てるために、卵の位置を動かしたりしながら、丹念に世話をしていきます。このような世話をずっと2か月近くも続けるのです。

そして、ついに卵のかえる日がやってきます。このときの母親の気持ちはどのようなものでしょうか。そして、それをどう迎えるのでしょうか。何とそのとき、母親はお腹を上にして、ひっくりかえるのです。ハサミムシは肉食で、小さな昆虫などをえさにしています。しかし、かえったばかりのハサミムシの幼虫は、獲物を捕ることができません。そこで、幼虫たちはすがりつくかのように、母親の体に集まってきます。そして、あろうことか、幼虫は母親の体を食べ始めるのです。子どもたちに襲われた母親は、逃げる素振りも見せず、ただ黙って自分の体を子どもたちに差し出すのです。

動物たちはそこまでして、自分たちの子孫を残す努力をするのですね。翻って、「人間」はどうでしょうか。子どもを慈しむどころか、虐待する親もいます。人類は破滅の方向に向かっているのでしょうか。

なお、この話は稲垣 栄洋氏の書いた『生き物の死にざま』〈草思社〉によっています。ご興味をお持ちの方は、是非、ご一読をおすすめします。いろいろな動物を通じて、「生きることの意味」などについて、考えさせられる名著だと思います。