「死ね!」という言葉と「通訳」
ある親に,兄と弟の息子がいたとします。ある時,兄が弟に「死ね!」と暴言を吐いたとします。こんな時,その親は兄に対してどんな対応をするのでしょうか。人によっては感情的に「そんな言葉を使ったらあかん!」と一喝するかもしれません。
話は飛びますが,大阪市住吉区には2006年に開校した「大空小学校」という公立校があります。その小学校には,いじめを受けて学校に行けなくなった子,発達障害と診断された子,支援の必要な子がたくさん転校してきます。その小学校に9年間勤め,見事にその小学校を生き生きとした場に変容させたのが,初代校長の木村泰子氏です。その小学校の様子は,文部科学省特別選定作品の「みんなの学校」という映画で紹介され,「奇跡の小学校」と評判になりました。私はその木村氏の講演ダイジェスト文を日本講演新聞で読み,死ねという言葉が発せられた場合の氏の対応法を知り,「なるほど」と思いました。
まず前提として,最近の子どもたちの持っている語彙の少なさにも問題があると思います。大人同士の会話にしても「やばい!」「メッチャ」などの単語が頻出しているのが現状です。そのような背景を考えると,子どもたちが使う「死ね!」という言葉も,「死んでしまえ!」という本来の意味ではなく,「ウルサイ」とか「あっちへ行ってしまえ」などというニュアンスで発せられることも多いことでしょう。極端な言い方をすれば,それは動物の吠え声と似たようなものなのかもしれません。
さて,このような場面で大切なことは,親が冷静になり,「兄と弟との通訳になること」のようです。つまりここで大切なことは,「なぜ,そのような言葉を吐いたのかを,兄から詳しく説明を聞く」ということのようです。するとそれは「兄が大切にしていたものを弟が壊してしまった」ことが原因だとわかったりします。そこで親は弟に,「自分が兄の立場だったらどう思う?」などと聞き,兄と弟の対話を続けさせていくのです。これが「通訳になる」ということのようです。そしてこれを徹底させれば,ケンカも丸く収まることでしょう。
家庭でも職場でも,また国同士でも,皆がこの「通訳になる」をお互いに意識して接していけば,もっと争いの少ない平和な関係を保てるのではないでしょうか。
